「――ところで、話変わるんだけど。珠莉ちゃんのお家でもクリスマスってパーティーとかするの?」 さやかの家はアットホームで楽しくて、愛美も居心地がよかった。クリスマスパーティーも手作り感満載で、参加した子供たちもすごく楽しんでくれていた。「ええ、もちろん。ウチは盛大に行いますわよ。社交界の面々、特に政財界の大物も多数ご招待してますし、ドレスコードもキチっとしてますの」「ドレスコード……、ってどんなの?」 辺唐院家のパーティーは、愛美が思っていた以上にお堅い集まりのようで、愛美はちょっと萎縮してしまう。「そうねぇ……。男性はスーツにネクタイ・ネッカチーフ、もしくはタキシード。女性はカクテルドレスか和装。まあ、そんなところかしら」「ドレスって……、わたしそんなの持ってないよ」 愛美は絶望的な気持ちになった。(スゴい……、セレブにはそれが普通なんだ) 彼女が持っている服で一番上等なのは、オシャレ着として買ったワンピースだ。それでもパーティー向きではない。 だからといって、ドレスなんて女子高生のお小遣いで簡単に買えるようなものでもないし……。「あら。でしたら、おじさまにおねだりしてみたらいいじゃない。たまには甘えて差し上げないと、いじけてしまうわよ?」「あ、そっか! その手があった! 珠莉ちゃん、ありがと」 自立心の強い愛美は、これまで〝あしながおじさん〟に何かをねだったことがない。ねだらなくても、自分の経済力で何とかできることはしてきたから。 でも、今回ばかりはムリだ。いつもはおねだりなんてしない愛美からの頼みとあれば、〝あしながおじさん〟もよほどのことだと思って聞いてくれるに違いない。 そしてその正体が純也さんなら、なおのこと断るはずがない。大切な愛美のためなら、何でもしてあげたいと思っているだろうから。「どうせならドレスだけじゃなくて、靴とかアクセサリーとか、バッグなんかもおねだりしちゃいなさいよ。一式そろえてもらえばいいわ」「……珠莉ちゃん、オニ?」 愛美はこの珠莉という人が怖くなった。実の叔父が相手だからって、これだけ好き勝手いえるなんて、なんという姪だろうか。 ドレスだけでも結構な出費になるだろうに、靴やアクセサリーまで……。いくら彼がお金持ちだからって、さすがに彼のお財布事情が心配になってくる。「まあ、いいじゃない。あな
「あら、そんなことありませんわ。……まあ、純也叔父さまが私のことをそう思われていたとしても、愛美さんにはきっとお優しいはずよ」 姪の珠莉相手ならともかく、恋人である愛美のことを彼が冷たくあしらったりはしないはずだ。「そうだねー。だってあの二人、誰が見たってラブラブだもんね。――っていうか、アンタの方はどうなのよ?」「どう、って?」「ウチのお兄ちゃんと、だよ。連絡は取り合ってるんでしょ? クリスマスはムリでもさぁ、冬休みの間にデートするとかって予定はないワケ?」 さやかの兄・治樹と珠莉は一応交際を始めたらしい。二人が連絡を取り合っているところはさやかも愛美も見かけているけれど、二人で出かけるような様子はまだ一度も見られない。「……特には何も。治樹さん、今は就職活動で忙しいみたいですし、私がおジャマしてはいけないと思って。それに――」「それに?」「多分、私と治樹さんの仲は、私の両親に反対されると思うから……」「え……、マジで? 今時そんなことある?」 さやかは眉をひそめた。それが昭和(しょうわ)の話ならあり得るかもしれないけれど、令和に今になってそんなことがあるんだろうか?「私は一人娘なんですもの。父としては、跡取りとなる婿養子がほしいはずなの。でも、治樹さんは長男ですし――」「跡取り……ねぇ。あんたも家の犠牲者なワケだ」 さやかの家は小さな会社だからそうでもないけれど、辺唐院家のような資産家一族には、未だに古臭いしきたりやら何やらが根深く残っているらしい。「まあ、ウチはお兄ちゃんが長男だから継がなきゃいけないってこともないだろうしさ。お兄ちゃんさえよければ入り婿もいいと思うんだけどねー」 そもそも、治樹さんには家業を継ぐ気がないらしいので、それこそ本人の意思次第だろう。「お父さんは継いでほしいみたいだけどね。まあ、ウチのことは気にしないでさ、珠莉は両親の説得頑張ってみなよ。別に今すぐ結婚するとかって話じゃないんだしさ」 結婚となれば、両家の問題になってくるけれど。まだ恋愛の段階でいちいちうるさく言われたら、珠莉だってウンザリだろう。「……そうね。まあ、頑張ってはみますけど」「うん。わたしも応援するよ、珠莉ちゃん。純也さんだってきっと味方になってくれると思うよ」 愛美も援護した。同じ一族の純也さんも味方になってくれるのなら、珠莉
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 わたし、今年の冬休みは埼玉のさやかちゃんのお家じゃなくて、東京にある珠莉ちゃんのお家で過ごすことになりました。 珠莉ちゃんが招待してくれたんです。「我が家にいらっしゃいよ」って。 さやかちゃんは残念がってましたけど、「やっぱり埼玉より東京の方がいいよね」って、最後には折れてくれました。 だって、東京には純也さんもいるから! でも、彼はご家族と仲がよくないって聞いてたので、この冬もご実家に帰られるかどうかは分かりませんでした。 で、彼に電話してみたら、わたしが行くならたまには実家に帰ってみようかなって。家族とうまくやれるかどうかは分からないけど、もしわたしに何かあった時には盾になるって言ってくれました。 本当は、わたしもあんな大きなお屋敷に行くのは気がひけるんですけど。純也さんもいてくれるなら心強いです。 ところでおじさま、珠莉ちゃんのお家に行くにあたって、わたしには困ってることがあるんです。それは、あのお屋敷で開かれるクリスマスパーティーのドレスコードなの! わたし、そんな立派なパーティーに着て行けるようなドレスなんか持ってないし、お小遣いで買えるようなものでもないし……。 そこで、おじさまに初めてのおねだりしちゃいます! わたしのために、ドレスとか靴とか、パーティー出席のために必要なものをそろえて下さいませんか? おじさまのセンスにお任せしますから。 もし、おじさまが「それならやめた方がいい」っておっしゃるなら、わたしは珠莉ちゃんのお家じゃなくてさやかちゃんのお家に行くつもりです。でも、珠莉ちゃんのお家に行くのに賛成して下さるなら、どうかわたしのお願いを聞いてくれませんか? まだ日にちに余裕はあります。わたし、待ってますから。 十一月二十八日 愛美 』**** 書き終えた手紙を読み返し、愛美は思わず吹き出した。「この手紙ってなんか、圧がスゴいな。念押ししてるみたい」 相手が純也さんだと分かっているから、お願いしている部分以外は彼と電話で話したことの再確認みたいな内容になっている。――たとえば、「『盾になってくれる』って言ってたよね?」みたいな。 愛美は他人行儀に書いたつもりだけれど、読む側はドキッとするん
* * * * ――あの手紙を投函してから数日後。愛美宛てにたくさんの荷物が届いた。送り主はすべて田中太郎氏。つまり、〝あしながおじさん〟だ。「愛美……、これってもしかしてアレ?」 受け取った愛美自身が全部部屋に運び込んだところで、さやかがあんぐり顔で訊ねた。「うん、そうみたいだね。まさかこんなにたくさん届くとは思ってなかったけど」 この荷物の量を見て、誰より愛美自身が驚いた。 珠莉から「どうせなら、パーティーに出るのに必要なものを一式おねだりしちゃいなさい」と唆(そそのか)され、手紙にも冗談のつもりでその通りに書いたけれど、まさか本当に一式そろえて送ってくれるなんて……!「さやかちゃん、珠莉ちゃん。一人で開けるの大変だから、申し訳ないんだけど手伝ってもらっていいかな?」 愛美は親友二人にお願いした。この日が週末で、三人とも部活がない日でよかったと思う。「はいはい、よくってよ」「オッケー☆ 任せなさい」 三人で手分けして、大小合わせて六つある包みを開けていく。 一番大きな箱からは、シックなデザインの大人っぽいワインレッドのカクテルドレスと一通の手紙が出てきた。「『相川愛美様。メリークリスマス!……』」 愛美が声に出して読み始めた手紙には、こう書かれていた。いつもと同じ、パソコンで書かれた秘書の久留島さんからの手紙である。****『相川愛美様。 Merry Christmas! 今年も、ボスからのクリスマスプレゼントをお送り致します。 今年はあなたからリクエストがあったそうで、ボスもあなたにお似合いになりそうな品々を一生懸命選びました。喜んでいただければ幸いでございます。 これらの品をお召しになり、楽しいクリスマスパーティーをお過ごし下さいませ。 久留島栄吉 』****「おじさま、わたしのために一生懸命悩んでくれたんだって」「へえ……。よかったじゃん、愛美! アンタ愛されてるね」「うん」 保護者としても、恋人としても、〝彼〟は愛美のことを本当に大事に思ってくれていると分かる。「――あら、このドレス、ステキじゃない? おじさまはセンスがよくていらっしゃるわ」 珠莉が愛美に広げて見せたのは、オーバルネックで七分袖のワインレッドのドレス。丈は膝丈で、花の模様
「あっ、こっちは靴と……黒のストッキングだよ」「あら、それ! 有名ブランドの高級なストッキングよ。私も愛用してるのよ」「えっ、そうなの? おじさま、そんなものにまで気を遣ってくれたんだ」 ストッキングにもブランドものがあるなんて、愛美はまったく知らなかった。 確かに、コンビニなどでも買えるようなストッキングとは、肌触りが全然違う。それでいて丈夫そうである。 靴もハイブランドのもののようで、上品なダークレッドのパンプス。ヒールは少し高め。これくらいの高さだったら、愛美も履くのは怖くない。「こっちはアクセサリーかな? ……わあ、可愛いネックレス☆」 愛美が開けた細長い箱には、ハート型のシンプルなトップがついたプラチナのネックレスが入っていた。彼女はこれ見よがしな大きなアクセサリーが好きではないので、これくらい控えめなものでよかったと思う。 あと二つの包みは、クリーム色のクラッチバッグと白いファーの襟巻きだった。「これでパーティーの準備はバッチリね、愛美さん」「うん! スゴいなぁ、ホントに全部そろっちゃうなんて。その分、おじさまには思いっきりお金使わせちゃったみたいだけど」 〝あしながおじさん〟がここまで大盤振る舞いしてくれたのは、愛美の学費が免除になって、学校に送金する分が浮いたからかもしれないけれど。このプレゼントに使った分だけで、その金額はゆうに超えていそうだ。「でも、きっとおじさまは愛美さんに喜んでもらいたくて、お買いになったのよ。だからあなたが責任を感じる必要はなくてよ」「うん……。そっか、そうだね」「そうだよ、愛美! さっそくお礼の手紙書いたげなよ。おじさま、もっと喜んでくれるよ」「うん、そうする」 たとえ〝あしながおじさん〟の正体が純也さんでもそうじゃなくても、二人の言うことは間違っていないと愛美も思った。 だって彼は、〈わかば園〉の子供たちのためにも色々と考えて行動してくれていたから。それはきっと、今も続いているんだろう。 だから、愛美からの「ありがとう」が彼にとって、今は一番のやり甲斐になると思った。
****『拝啓、あしながおじさん。 秘書さんが送って下さったおじさまからのクリスマスプレゼントが、今日届きました。それも、こんなにドッサリ! まさか本当に一式そろえてくれるなんて思ってませんでした! ドレスも靴も、ネックレスもクラッチバッグもファーの襟巻きも、どれもステキです。おじさまのセンスのよさに、わたしは脱帽してます。 さらにはストッキングまで高級ブランド品なんて! わたし、珠莉ちゃんから聞くまでは、そんなものがあるなんて知らなかった……。 これなら、珠莉ちゃんのお屋敷のパーティーに出ても気後れしなくて済みそう。「施設の出だからセンスがない」なんて、セレブ臭プンプンの連中には絶対に言わせないから! 本当はね、おじさま。わたしは今回のおねだりにすごく申し訳ない気持ちになってたんです。だって、奨学金で免除された学費の分以上に、おじさまはお金をかけてくれたと思うから。 でも、珠莉ちゃんとさやかちゃんが言ってくれたの。「おじさまは、わたしに喜んでもらいたくて大金を使ったんだから、責任を感じなくていい」って。 おじさま、本当にそうなの? わたしは素直にこの厚意を受け取っていいの? 優しいおじさま、今回はわたしのワガママを聞いてくれて、本当にありがとう。ちょっと甘やかしすぎかな、とは思いますけど……。 わたし、〈わかば園〉の毎年のクリスマス会の時、どの理事さんが気前よくプレゼントを用意して下さってたか分かった気がします。だって、これだけ太っ腹な(あっ! 体型のこと言ってるんじゃないですよ)理事さんは、わたしが思いつく限りたった一人だけですもん。 おじさま、もう一度言います。ありがとう! そして少し早いですけどメリークリスマス! 今年のクリスマス会の時、園長先生や職員さんたち、子供たちによろしくお伝えください。「愛美お姉ちゃんは元気でやってるよ」って。 十二月三日 愛美 』****(――たまには、わたしからもおじさまに、何かプレゼント送りたいな……) 手紙を書き終えてから、愛美はふと考えた。でも、男性に何を贈っていいのか分からないし、気を遣わせるのも申し訳ないし……。「…………まあいっか。今回はとりあえず手紙だけで」 二月には男女にとっての一大イベント、バレンタインデーがあることだし。
* * * * ――そして、無事に期末テストも終わった。 愛美は今回も学年で五位以内に入る成績を修め、さやかと珠莉も前回の中間テストより順位を上げた。「やっぱり、冬休みは何の心配ごともなくめいっぱい楽しみたいもんね」 テスト前、さやかはそう言っていた。愛美も珠莉も気持ちは同じだったので、テスト勉強にも俄然やる気が出たのだ。 そして……。 ――あと二週間ほどで冬休みに入る、短縮授業期間のある日の午後。「――相川先生、次回作についてなんですが……」「はい」 新横浜駅前のカフェで、愛美は担当編集者の岡部さんと向かい合っていた。「先生もそろそろ、長編書下ろしに挑戦してみませんか? 誌面への掲載ではなくて、単行本として出版することになりますが」 三十代半ばくらいの岡部さんは、ホットのブラックコーヒーをふぅふぅ言いながら飲み、そう切り出した。彼は猫舌らしい。「えっ、長編?」 こちらは猫舌ではない愛美は、ホットのカフェラテを飲もうとして、カップを手にしたまま目を見開いた。「はい、長編です。短編ばかり書いてても、先生も張り合いがないでしょうし。目指すところはやっぱりそこなんじゃないかと思いまして」「そうですね……、やっぱり本は出したいかな。わたしの夢を応援してくれてる人たちの目に留まるのは、雑誌より単行本の方がいいですから」 愛美はラテをすすりながら、聡美園長や純也さん、さやかや珠莉の顔を思い浮かべる。そして、彼らが自分の著書を手に取って微笑む姿を。「そうでしょう? まあ、出版は急ぎませんので、まずは一作お書きになってみて下さい。それまでの間は、これまで通りに短編のお仕事も並行して続けて頂くという形でいいでしょうか?」「はい、大丈夫です。やってみます」「学業の方もあるのに、本当に大丈夫ですか?」 ましてや、愛美は奨学生なのだ。もちろん、彼もそのことを知っているからこその心配である。「大丈夫。できます!」 せっかく与えられたチャンスを逃してなるものか! とばかりに、愛美はもう一度頷いた。
「……分かりました。もう、先生には負けましたよ! それじゃ、題材は自由ですので、先生が『書きたい』と思われた題材で書いて下さい。取材もご自分で」「はい。任せて下さい」「ですが、あんまりムリはしないように。いいですね? 先生の本業は、あくまでも高校生なんですから」「分かってます。――あの、お会計はわたしが」 愛美が伝票を取ろうとすると、岡部さんが「待った」をかけた。「いえ、いいですよ。僕が持ちます。後から経費で落としますから」「……ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」 愛美は素直に引き下がる。 このごろは、誰かに甘えることにあまり罪悪感を覚えなくなった自分がいる。それは、やっぱり純也さんとの出会いと関係があるんだろうか。(そういえば、純也さんに初めて会った時は、お茶をおごってもらうのが申し訳ないって思ってたのになぁ……) あれからまだ一年半ほどしか経っていないというのに、人というのは変われば変わるものだ。 あの頃はまだ、養護施設出身だという自分の境遇に多少は負い目を感じていたのかもしれない。それがなくなってきたということは、だいぶ一般社会に溶け込んできたということだともいえる。 自分には、甘えられる相手がいる。だから、片意地はって突っ張る必要はないんだ、と。「――それじゃ、失礼します」 まだ昼下がりで外は明るいけれど、早く寮に帰って親友二人にこのことを知らせたい。電話でもメッセージでもなく、顔を見て。「今日はわざわざ横浜まで来て頂いて、いいお話まで頂いてありがとうございました。東京まで気をつけて。――編集者さんって大変ですね」「いえいえ! 仕事ですから。それじゃ、また短編の仕事の時に」「はい」 店を出たところで岡部さんと別れた愛美は、学校のある方へウキウキしながら歩き始めた。途中、スキップなんかしながら。「こんなに早く、本を出す機会に恵まれるとは思わなかったなぁ♪ ……あ、そうだ!」 愛美は初めて書く長編小説の題材を閃(ひらめ)いた。「現代版『華麗なる一族』なんてどうだろう? なんか面白いかも♪」 大都会の社交界で繰り広げられる、セレブ一族の物語。愛美とは住む世界が違う人々の暮らしぶりや人間関係を、小説にしようと思い立ったのだ。「珠莉ちゃんのお家にいる間に、色々お話聞いて取材しよう。純也さんにもお話聞けたらい
「……お二人とも、聞こえてるんだけど」「あっ、ゴメン!」「こっちの話は気にしないで、読む方に集中して?」 さやかと愛美が謝り、そう言うと、珠莉はひとつため息をついた後にまた画面に視線を戻した。「集中して」と言ったって、ムリな話ではあると思うのだけれど――。 ――それから一時間ほど後。「愛美さん、読み終わりましたわよ」 珠莉がパソコンの画面を閉じて、愛美に声をかけてきた。「えっ、もう読んだの!? 早かったね」 あの小説は原稿用紙三百枚分ほどの長さがあるので、じっくり読み進めると読み終えるまで二時間以上はかかるはずだ。ということは、珠莉は読むスピードを速めたということになる。「ええ、愛美さんが私からのアドバイスを待ってると思って、急いで読んだのよ。――それでね、愛美さん。この小説で私が感じたことなんだけど」「うん。どんなことでも大丈夫だから、忌憚なく言って」「じゃあ、述べさせてもらうわね。――私の感じたことを率直に言わせてもらうと、やっぱりこの小説の中からは、あなたのセレブに対する苦手意識というか偏見というか、そういうものが読み取れたの。出版に至らなかった理由はそこなんじゃないかしら」「あー、やっぱりそうか。編集者さんからも同じこと言われたんだ」 書籍として流通するということは、この小説が多くの人の目に触れるということだ。読んだ人の中には気分を害する人も出てくるかもしれない。プロとして、そういう内容の本を世に送り出すわけにはいかないと判断されたのだろう。 もしこの小説を珠莉ではなく、純也さんに読んでもらったとしても、きっと同じことを言われたに違いない。「『出版できない』って聞かされた時はショックだったけど、これで納得できたよ。ありがとね、珠莉ちゃん」 これで、初めての挫折からはすっかり立ち直ることができそうだ。愛美はもう前を向いていた。「いえいえ、私でお役に立ててよかったわ。でもあなた、思ったより落ち込んでいないみたいね」「そういやそうだよねー。『ヘコんだ」って言ったわりにはけっこう前向いてるっていうか」「うん。もうわたしの意識は次回作に向いてるから。いつまでも落ち込んでられないもん」 二年前の愛美なら、いつまでもウジウジ悩んでいただろう。でも、もうネガティブな愛美はいない。純也さんに釣り合うよう、いつでも自分を誇れる人間でいた
「ええ、いいわよ。私でよければ。とりあえず着替えさせてもらうわね。それからでもいいかしら?」「あ、うん。もちろんだよ。ありがと。なんかゴメンね、帰ってきたばっかりなのに」「いいのよ、愛美さん。謝らなくてもよくてよ」「ありがとねー、珠莉。アンタと愛美、すっかり仲良くなったよね。最初の頃はさぁ、愛美に『叔父さま盗(と)られた~!』とか言ってたのに」 さやかは二年以上も前の話を持ち出して、二人の関係がすっかり変わったことに感心している。あれはこの高校に入学した翌月で、純也さんが初めて学校を訪ねてきた時のことだ。 それに対して、珠莉が制服から私服に着替えながら答える。「あの頃はまだ、純也叔父さまが愛美さんのいう〝あしながおじさま〟の正体で、お二人が恋人同士になるなんて思ってもみなかったもの。本当に、人生って何が起こるか分からないものよね」「うん……、ホントにね」 珠莉の最後のセリフに愛美も頷いた。純也さんが〈わかば園〉の理事をしていなければ、理事であったとしても愛美の学費を援助すると申し出てくれなければ、彼女は今この場にいなかったのだ。山梨県内の公立高校で、悶々とした高校生活を送っていただろう。もしくはどこかの温泉旅館で住み込みの仲居さんとして働いていたとか。「――はい、お待たせ。着替え終わったから原稿を読ませてもらうわ。データは残してあるのね?」「うん。わたしのPCのデスクトップと、一応USBにも保存してあるよ。待ってね、今ファイル開くから」 愛美は自分のノートパソコンで、ボツになった原稿のファイルを開いた。「これがその小説だよ」「分かったわ。じゃあ、ちょっと失礼して」 珠莉は愛美に場所を譲ってもらい、ブルーライトカットのためにPC用の眼鏡(メガネ)をかけて小説の原稿を読み進めていった。「……珠莉ちゃんって普段は眼鏡かけないけど、たまにかけるとすごく知的に見えるよね」「顔立ちのせいなんじゃない? あたしが眼鏡かけてもああはならないよ。あたし、上向きの団子っ鼻だからさ」 珠莉が真剣な眼差しで原稿を読み進める傍(はた)で、愛美とさやかはヒソヒソと彼女の意外なギャップを発見して盛り上がっていた。愛美に至っては、彼女の頼みごとをした本人だというのに……。
「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」「うん、そうなの。あれ」 さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」「そうだね。わたしもそう思ってた」 一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。 それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。「――ただいま戻りました」「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」 珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。 彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」 珠莉はプロの編集者ではないので、
「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな) 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。「――相川さん、おかえりなさい」「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三
「……あの、ボツになった理由は?」「あの作品、セレブの世界を描いてますよね? その描写が不十分というか、かなり不適切な描写があったと。先生個人の偏見のようなものが含まれていたようなんです」「ああ~、そう……ですよね。わたし、実は一部の人たちを除いてセレブの人たちって苦手で。冬休み、セレブのお友だちの家で過ごしていた時に色々と取材したんですけど。その時もあまりいい印象は持てなかったです」 純也さんとデートした日のこと以外にも、愛美はあの家に出入りしている富裕層の人たちを観察したり、クリスマスパーティーの時に感じたことも小説の中に織り込んでいた。多分、それが原因だろう。「なるほど……。冬休みといえば二週間くらいですか。富裕層の人たちのことを正しく描写しようと思えば、その程度の日数では足りなかったんでしょう」「ですよね……」 愛美はすっかりヘコんでしまい、大きくため息をついた。(わたしってホントは才能ないのかな……。純也さんの買い被りすぎ? だったら、彼にムダなお金使わせちゃっただけかも)「先生、そんなに落胆しないで。今回は残念な結果でしたけど、次回作でいい作品をお書きになればいいんです。先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう。僕も協力を惜しみませんから」「はい……、そうですね。次回作は頑張ってみます」 ――愛美持ちで会計を済ませて岡部さんと別れた後、愛美は自分でも悪かったところを反省してみた。(岡部さんに原稿を送る前に、珠莉ちゃんにデータを送って読んでもらえばよかったかな。珠莉ちゃんなら何か的確なアドバイスをくれたかも) 愛美にとっていちばん身近なセレブが珠莉である。彼女に最初の読者になってもらえば、「ここがよくない」とか「ここはこういう書き方の方がいい」とか助言してもらえて、もっといい作品になったはず。そうすればボツを食らうこともなかったかもしれない。(……まあ、〝たられば〟言いだしたらキリがないし、もう終わったことだからどうしようもないんだけど) 済んでしまったことを悔やむより、前に進むことを考えなければ。「次回作……、どうしようかな」 寮への帰り道、悩みながら歩いていた愛美の頭を不意によぎったのは、彼女が中学卒業まで育ってきたあの場所のことだっ
* * * * それから数週間後の放課後。この日は文芸部の活動はお休みだったので、短編集のゲラの誤字・脱字などのチェックを終えた愛美は学校の最寄駅前にあるカフェに担当編集者の岡部さんを呼び出した。「――はい。相川先生、お疲れさまでした。これでこの短編集『令和日本のジュディ・アボットより』は無事に発売される運びとなります」「よろしくお願いします。わたしも発売日が待ち遠しいです」 愛美は確認を終えたゲラを大判の封筒に入れる岡部さんに、改めてペコリと頭を下げた。 ゲラの誤字や脱字を赤ペンで修正していく作業は初めてだったけれど、思いのほか少なかったので楽しくこなすことができた。あとは一ヶ月後、本屋さんの店頭に並ぶ日を待つだけだ。(純也さん、聡美園長とか施設の先生たちにも宣伝してくれたかな。もちろん自分では買って読んでくれるだろうけど) 彼は〈わかば園〉を援助してくれている理事の一人でもあり、あの施設の関係者で愛美の書いた本がもうじき発売されることを前もって知っているのも彼だけなのだ。彼ならきっと、園長先生にはそれとなく報告しているだろうけれど。 (どうせなら、立て続けに二冊発売される方が園長先生や他の先生たちも、もちろん純也さんも喜んでくれるだろうな……)「――ところで岡部さん、わたしの長編の方はどうなりました? データを送ってから一ヶ月以上経ってると思うんですけど」 そろそろ出版するかどうかの決定が下される頃だろうと思い、愛美は岡部さんに訊ねてみたのだけれど……。「…………すみません、先生。それがですね……、あの作品は残念ながら出版できないということになってしまいまして。つまり、ボツということです」「えっ? ボツ……ですか」 彼の返事を聞いて、愛美は目の前が真っ暗になった気がした。岡部さんはあれだけ作品を褒めてくれたのに、熱心にアドバイスまでくれて、書き上がった時にはものすごく喜んでくれたのに……。(なのに……ボツなんて)「だって、岡部さん言ってたじゃないですか。『これは間違いなく出版されるはずです』って」「いえ、僕はあの作品を気に入ってたんですけど……、上が『ダメだ』というもので。僕も本当に残念だとは思ってるんですが、まぁそそういう次第でして」「そんな……」 岡部さんもガッカリしているのだと分かったのがせめてもの救いだけれど
彼も反省してたんだって知って、わたしは彼を許してあげることにしました。やっぱり彼のことが好きだから、仲違いしたままでいるのはつらかったの。仲直りできてよかったって思ったのと同時に、どうしてもっと早くできなかったんだろうとも思いました。フタを開けてみたら、こんなに簡単なことだったのに。 純也さんに、この秋に発売されることが決まってる短編集の売り込みもバッチリしておきました(笑) わたしが作家になって記念すべき一冊目の本だもん。ぜひとも読んでもらいたくて。 純也さんは今、まだオーストラリアにいるそうです。あと二、三日したら帰国するって言ってましたけど。 日本とオーストラリアには時差は一時間くらいしかないけど、あっちは南半球なので季節が真逆だっていうのが面白いですね。「こっちは寒さが厳しいから、早く日本に帰りたいよ」って彼は言ってました。帰ってきたらきたで、こっちはまだ残暑が厳しいからあんまり過ごしやすくないけど。そういえば、オーストラリアってクリスマスシーズンは真夏だから、サンタクロースがトナカイの引く雪ゾリじゃなくてサーフボードに乗って登場するんだっけ。 付き合ってる以上、純也さんとはこれから先もケンカするかもしれないけど、今回のことを教訓にして早く仲直りできるようにしようと思います。どっちかが折れなきゃいけない時には、なるべくわたしが折れるようにしたい。純也さんだって、そんなに無茶なことを言わないと思うから。 もうすぐ、編集者の岡部さんがさっき話した短編集のゲラ稿を持ってくるはず。そしたら、いよいよ商業作家としてのお仕事が本格的に始まります。長編の方はデータを送ったきり、まだ連絡はありません。今ごろ出版会議の真っ只中ってところかな。どうか出版が決まりますように……! かしこ八月三十一日 いよいよ商業デビューする愛美』****(純也さんがこの手紙を読むのは日本に帰国してからだろうな……。どうか、あの小説の出版が決まりますように!) だってあれは愛美が初めて執筆に挑戦した長編小説で、本として世に出るために書いていたのだから。自分でも、もしかしたら大きな賞とか本屋大賞が取れるんじゃないかと思うほどよく書けたという自負がある。 ――ところが、世間はそう甘くなかった。
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 今日、さやかちゃんと一緒に〈双葉寮〉に帰ってきました。明日から二学期が始まります。 今年の夏休みも、ワーカーホリックの中学校の宿題はバッチリ終わらせました! さやかちゃんも。 珠莉ちゃんはこの夏、モデルオーディションを何誌も受けて、ついにファッション誌の専属モデルに合格したそうです! わたしに続いて、珠莉ちゃんも夢を叶えたんだって思うと、わたし嬉しくて! 二学期には自分の進路を決めなきゃいけないから、多分一学期までより学校生活も忙しくなりそう。わたしは作家のお仕事もあるから、他の子たち以上に大変だと思う……! でも、わたしと珠莉ちゃんはもう進学する学部を決めてるからまだいい方かな。問題はさやかちゃん。まだ福祉学部にするか、教育学部にするかで迷ってるみたい。わたしは彼女がどっちを選んでも、全力で応援してあげたいと思ってます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし今日、やっと純也さんと仲直りできたの! 実は夏の間ずっと、彼といつ仲直りしたらいいのかタイミングをうまく掴めずにいて、わたしも気にしてたの。 確かに七月のケンカでは、わたしにヒドいことをさんざん言った彼の方が大人げなくて悪かったけど、わたしもちょっと意固地になりすぎてたのかなって反省したの。「メッセージを既読スルーしてやる」とは思ってたけど、彼からはまったく連絡が来なくて、だからってわたしから連絡するのもなんかシャクで。 でも、やっぱり仲直りしたいなと思ってたタイミングで、おじさまにも話した彼からのあの上から目線のメッセージが来て。わたしはさやかちゃんのご実家に行くことにしたから、その時にも仲直りはできなくて。 で、今日思いきって彼にメッセージを送ってみたの。電話にしなかったのは、彼がオーストラリアにいるってメッセージを送ってきてたからっていうのと、電話で話すのは正直まだシャクだったっていうのもあって。そしたらすぐに既読がついて、彼から電話してきてくれたの。 純也さん、「大人げないのは自分の方だった。ごめん」ってわたしに謝ってくれました。彼はわたしの自立心とか向上心が本当は好きだけど、同時に自分に甘えてくれなくなるんじゃないかって、それを淋しく感じてたみたい。「男ってバカだろ?」って言って笑ってました。
「……純也さんは今、まだオーストラリアにいるの?」『うん。こっちは今、冬の終わりって感じかな。でも寒さが厳しくてさ、早く日本に帰りたいよ。そっちはまだ残暑が厳しいんだろうな』(あ、そっか。オーストラリアは南半球だから日本と季節が真逆になるんだっけ) 地球の反対側にあるオーストラリアは、日本と時差はほぼないに等しいけれど、その代わり季節が逆転しているのだと愛美は思い出した。クリスマスにサンタクロースが雪ゾリではなく、サーフボードに乗ってやってくるというのが有名なエピソードである。「そうなんだよね。明日から九月なのに、まだ真夏みたいに暑いの。純也さん、日本に帰ってきたら茹(ゆ)だっちゃいそう」『それは困るなぁ。でも、あと二、三日後には帰国する予定だから。仕事も立て込んでるみたいだしね。でも、どこかで予定を空けて愛美ちゃんに会いに行くよ』「うん! じゃあ、気をつけて帰ってきてね。わたしも明日からまた学校の勉強頑張る。あと、短編集のゲラのチェックもやらないといけないから、そっちも」『現役高校生作家も大変だな。でも、何事にも一生懸命な愛美ちゃんならどっちも頑張れるって、俺も信じてるよ。……夏休みの宿題はちゃんと終わった?』「大丈夫! 今年もちゃんと全部終わらせたから。――それじゃ、帰国したらまた連絡下さい」『分かった。じゃあまたね、愛美ちゃん。メッセージくれて嬉しかったよ』「うん」 ――愛美が電話を終えると、嬉しそうに笑うさやかと珠莉の顔がそこにはあった。二人は通話が終わるまでずっと、成り行きを見守ってくれていたようだ。「純也さんと無事に関係修復できてよかったじゃん、愛美」「お二人がギクシャクしてると、私たちも何だか落ち着かなかったのよねえ。だから、無事に仲直りして下さってよかったわ」「さやかちゃん、珠莉ちゃん、心配かけてごめんね。でも、わたしと純也さんはこれでもう大丈夫。見守ってくれてありがと」 思えば七月に彼とケンカをしてから、この二人の親友にもずいぶんヤキモキさせてしまっていた。彼女たちのためにも、こうして無事に彼との仲を修復できてよかったと愛美は思った。「――さて、一応形だけでも〝おじさま〟に報告しとかないとね」 あくまで愛美が「純也さんと〝あしながおじさん〟は別人」、そう思っているように彼には思わせておかなければ話がややこしくなる